本国で性分化疾患(intersex)の当事者も絶賛! フィリピン映画『メタモルフォシス』 監督インタビュー


フィリピン映画『メタモルフォシス』のティグラオ監督
 
3月15日(日)に閉幕した「第15回大阪アジアン映画祭」。海外初上映されたフィリピン映画『メタモルフォシス/Metamorphosis』のホセ・エンリーケ・ティグラオ監督にインタビューし、本作誕生のきっかけや本作に込めた思いなどを聞きました。
 
■ストーリー
男女両性への恋と性自認に揺れる少年を描く青春映画『メタモルフォシス』
https://tsunagary.jp/archives/3845
 
フィリピンで初めて性分化疾患を主題とした映画『メタモルフォシス』。タイトルの語「metamorphosis」は「(魔力による)変質、変形」、「(動植物の)変態」などを意味し、劇中では「蝶」がモチーフとして使われています。またポスターには性分化疾患のシンボルカラーである黄と紫の2色が美しく配色されています。
 
※「性分化疾患」は、染色体、性腺、もしくは解剖学的に性に関する体の発達が先天的に非定型的である状態を指す医学用語で、多くの疾患(体質)を含む総称です。新生児期に外性器を見ただけでは性別の判定が難しいケースから、第二次性徴を迎える頃に初めて気づくケースもあります。「DSDs(体の性の様々な発達:Differences of Sex Development)」や、海外では「インターセックス(intersex)」とも表現されます。
参考:「日本性分化疾患患者家族会連絡会 ネクスDSDジャパン」公式サイト
https://www.nexdsd.com/dsd
 
 

 
■本作誕生のきっかけは6年前の当事者との偶然の出会い
インタビューを始めるにあたり、まず「Tsunagary Cafe(つながりカフェ)」について説明すると、ティグラオ監督は笑顔で「私はオープンリーゲイですよ」とあっさりカミングアウト。「でも家族はとても保守的でした。神は男性と女性のみを創造したと信じ、男らしさが求められる家父長的な環境で育ちました。同性愛は拒絶されていましたね」と述べ、「改善が見られるとはいえ、フィリピンはカトリックの国です。今もセクシュアル・マイノリティは人生のさまざまな場面で拒絶されています。私自身が経験しているので、その苦しみが分かります」と複雑な心境を語りました。
 
本作のテーマに性分化疾患を選んだ理由を聞くと、ティグラオ監督は6年前の当事者との出会いだと明かしました。「パスポート申請のために列に並んでいた時、ペンを借りたのがきっかけで前に立っていた人とおしゃべりを始めたんです。外見が中性的だったので、その人はレズビアンだと思いました。自分がゲイだと伝えたら、きっと話しやすくなると思って、ほんの軽い気持ちでカミングアウトしたんです。すると、彼女は性分化疾患だと打ち明けてくれました。その後いろいろと教えてくれた彼女との出会いがきっかけで、性分化疾患の人の話に興味を持つようになったんです」と監督の軽い気持ちの自己開示が本作の生まれるきっかけにつながったことを明かしました。
 
「でも当時の私は性分化疾患について何も知りませんでした。単純に『男女両方の性器を持っている人だ』と誤解していました」と話す監督は、その後、自分でリサーチを始め、多くのドキュメンタリーを見たそうです。そして3年前に脚本を書いてみましたが、問題が多かったと言います。「表面的で、とても浅くしか書けていませんでした。他の多くの作品のように大げさでドラマチックで、悲しい結末でした」と反省を込めて振り返りました。
 


本作に込めた思いを語るティグラオ監督
 
■当事者から「私たちをありのまま正しく描いてほしい」
監督は「これまでテレビや映画、本などのメディアで性分化疾患の人は適切に描かれませんでした。彼らはミステリアスに、または神話的、幻想的に描かれてきました。彼らはずっと苦しんできたんです。誤った情報のせいで『性分化疾患は恥ずべきものだ、アブノーマルだ』と社会的に汚名を着せられてきました。そのためフィリピンでは性分化疾患の人でカミングアウトする人は極めて少ないんです。まるで存在しないかのようです」。

「しかし」とティグラオ監督は続けます。「国連の調査によると、新生児の1.7%が性分化疾患だそうです。フィリピンの人口が約1.4億人ですから、200万人はいる計算になり、また世界の人口が70億人だとすると少なくとも1億人はいる計算になります。マイノリティであるかもしれませんが、決して少ないと言えませんよね。1国を成しうる数の人がいるんです」と力強く述べました。
 
「実は新たに脚本を書いていた時、私には当事者のアドバイザーがいました。彼は私に『私たちをありのまま正しく描いてほしい』と言いました。その時に思ったんです。『私はただ映画を作っているだけではない。彼らをありのまま適切に描く責任があるんだ』と」と、フィリピンで初めて性分化疾患をテーマとする映画を作るにあたり、大きな責任を感じていたことを打ち明けました。
 


突然初潮を迎えた主人公の少年・アダム
 
■主人公・アダムに選択の自由を与えたかった
ティグラオ監督は書き上げた脚本について、まず「性分化疾患の人も同じ人間だというメッセージを込めました。彼らも傷つき、痛みを感じます。恋に落ちますし、性欲もあります。彼らが他の人と違う点ではなく、共通点に焦点を当てて描きました」と明かしました。
 
そして「アダムは父親や周囲から1つの性を選択するように強い圧力を受けますが、実際に性分化疾患の人は1つのジェンダーを選ぶよう周囲から強いプレッシャーをかけられるという問題があります」と監督。劇中で「アダムは最終的に『選択しないこと』を選びます。彼は自分が性分化疾患だということを受け入れて、何も恥じることはない、自分に尊厳を持っていいんだと気づくんです」。
 
「映画の最後、卒業パーティ会場に入って行くシーンでアダムは男性用の紫色の長袖シャツと母親に借りたスカートを着ています。アダムが自分のアイデンティティを確立し、受け入れ、世界に対して堂々と宣言しているということを表現しました」と演出の意図を明かす監督。「私はアダムに選択の自由を与えたかった。何を選んでもいい、時間をかけてもいい、急いで手術を受けなくてもいいんだと」と作品に込めた熱い思いを語りました。
 


主人公・アダムを演じたゴールド・アゼロンさん
 
■主演のゴールドは本当にガッツのある俳優
 
難役に挑戦した主演のゴールド・アゼロンさんについて、監督は「本作で彼は『シネマ・ワン・オリジナルズ映画祭』で最優秀主演男優賞を受賞したんですが、史上最年少での受賞だったんですよ」と笑顔で喜びを語りました。
 
キャスティングについて「実は主人公のアダムには性分化疾患の当事者の俳優を選びたかったんです。それが最適だと考えていました。でも、性分化疾患だとカミングアウトしている俳優は見つかりませんでした」と当時の苦労を語りました。また「私はアダムについて具体的なイメージを持っていました。とてもチャーミングで、少し田舎育ちの雰囲気があり、男の子にも女の子にも見えるという」と話す監督。オーディションを開いたところ、「約600人もの応募があり、書類選考で残った約150名にオーディションに来てもらいました」と多数の応募があったことを明かしました。
 
しかし「オーディションの初日には実力のある俳優も来ていましたが、女の子に見えないなど私のイメージに合う人はおらず、希望を失いかけていました。イメージに合うアダムが見つからなければ本作は失敗に終わります」とキャスティングが難航したことを打ち明けました。「そんな時に映画監督の友人が、ある若者のビデオを送ってきました。映像を見て『レズビアンの子?』と聞くと、『違うよ。ストレートの男の子だ』と答えたので、とにかくオーディションに来てもらいました」と語る監督。「実際にゴールドに会って、私たちは彼にすっかり魅了されました。まさに探していたイメージにピッタリでした。彼は女性も自在に演じ、男の子にも女の子にも見えました。『彼こそが私のアダムだ!』と思いました」と興奮気味に当時の心境を話しました。
 
キャスティングが決まっても、すぐ撮影には入らなかったと言う監督。その理由は「ゴールドは実はかなり体重オーバーだったんです。私は彼に2か月で15キロ痩せるように命じました」と厳しい要求を出したことを明かしました。「彼は毎朝ジョギングし、ジムに通って、写真で成果を報告してくれました。そして約束通り2か月で15キロの減量に成功したんです」と驚いた表情を見せた監督は、「アダム役は男女両方とのベッドシーンやマスターベーションのシーンもあり、本当に難しい役。でもゴールドは果敢に挑んでいました。本当にガッツがある俳優だと思います」とゴールドさんを絶賛しました。
 


当事者からの反応を語るティグラオ監督
 
■性分化疾患の当事者を招待したプレミア上映
 
本国フィリピンでの性分化疾患の当事者からの反応について尋ねると、監督は「フィリピンにおける性分化疾患の当事者の『顔』と呼ばれるジェフ・カガンダハンさんをプレミア上映に招待しました。本作の撮影中も助言をいただいていたので、私は当日とても緊張していました。私には性分化疾患の人たちのために本作を制作したという思いがあって、映画批評家よりも当事者の友人たちの評価のほうが気になりました」と当時の心境を明かしました。
 
ジェフ・カガンダハンさんは、1981年の誕生時に女の子と判定され「ジェニファー」と名付けられました。しかし成長するにつれ性別違和を感じていたジェフさんは2003年に地方裁判所に性別変更の申し立てを行い、2008年についに最高裁で勝訴。フィリピンで性分化疾患の当事者として初めて女性から男性への性別変更を実現しました。
 
「上映後、ジェフは私をハグして『ついにありのままの私たちを適切に描いた作品が生まれた!本当にありがとう!』と言ってくれたんです。SNSでも本作を薦めてくれました。本当にうれしかったです」と監督は満面の笑顔で当時の喜びを語りました。
 


本作を薦めるジェフさんのツイート
 
上の画像はティグラオ監督が感激したというジェフさんのツイートです。ジェフさんに掲載の可否について問い合わせると、すぐに快諾のお返事をくださいました。現在、アジア地域の性分化疾患に関する団体や個人をつなぐ非政府団体(NGO)「Intersex Asia」の役員も務めているそうです。
 
ツイートの内容: 
今『メタモルフォシス』を観終わったところです。ティグラオ監督、おめでとうございます!性分化疾患の認知を広め、また『正常化手術』阻止運動に協力してくれて感謝します。本作を強く推薦します!
 


本国で最優秀インディ映画作品賞と最優秀インディ映画監督賞をW受賞!
 
最後にティグラオ監督から日本のセクシュアル・マイノリティへメッセージをいただきました。
 
「本作は性分化疾患の少年が主人公ですが、主なテーマは『選択』です。本作を通して、私たちは自分のセクシャリティはもちろん、人生でのさまざまな局面で、他人や社会から束縛されず自由に選択していいんだと伝えたかったんです。劇中でもアダムは最後に『自由』を選択します。私たちも自由を選べるんです。そうすれば本来の自分を受け入れられるようになります。日本のLGBTQIコミュニティの皆さん、自由になってください。そして声を上げて、この世界をもっと幸せな場所に変えていきましょう」。
 
本国フィリピンの映画祭で、教師と学生たちが選ぶ最優秀インディ映画作品賞と最優秀インディ映画監督賞をW受賞している本作。今後ぜひ更に多くの人に観ていただきたい作品です。
 
■映画『メタモルフォシス』公式Facebookページ

 
■「Intersex Asia」公式サイト(英文)
https://intersexasia.org/
 
 
(取材・文:Zac Oda)